西日本豪雨災害は愛媛県や日本の皆様の
人としての強さと優しさを、
私に教えてくれました。

日本中から集まる

日本中からご老人から小学生まで、被災地で何かできないかと、駆け付けてくれました。
あのがれきの山が本当にたくさんの想いによってひとつづつ片付いていったのです。

様々なリーダー達

愛媛県中に様々な支援物資を運ぶネットワークの有志が立ち上がりました。

全員で

県会議員、市会議員など議員の枠を超えて、被災地支援に取り組み。リーダーたちのネットワークを形成していました。

厳しい現場に女性も

土砂や瓦礫、そして家の軒下の土砂だしなど、とても大変な現場でもあらゆる女性達も率先して参加してくれていました。

様々な支援団体

本当に沢山のボランティア団体が立ち上がりました。その善意の想いは被災地に寄り添っていました。政治家だけではなく、本当にすべての人が一緒に、愛媛を支えていました。この力こそ、次の愛媛県と国を創っていくということを、私に教えてくれました。

日本の優しさを知る

日本中から物資が愛媛県に届けられ、日本という国の優しさと強さをおしえてくれました。

支援者と

被災直後から現地入りして、支援者と一緒に水の輸送。そして土砂の撤去など、10日以上、被災地を支援者と一緒に向き合ってきました。

農業ボランティア

年が明けてからは、農業ボランティア活動を政治活動の合間で実施させていただきました。ここで、現地でずっと被災地に向き合っている様々なリーダーたちの凄さを改めて教えていただきました。

今も

被災地では、土嚢を作るボランティア募集がされています。被災支援は終わっているのではなく、まだ、続いています。今はながえは政治活動で動けない時期になりましたが、支援者達のチームで現地と向き合っています。

全員で

県会議員、市会議員など議員の枠を超えて、被災地支援に取り組み。リーダーたちのネットワークを形成していました。

被災直後、絶望が訪れた被災地

皆さんの力は、被災地の苦しみから笑顔を作ることができることを教えてくれました。

動画テキスト書き出し

 

永江でございます。

政治家として、年金、奨学金、動物愛護など政策を実現するために、活動してまいっております。


3年前に318561人の方々に、期待を頂きましたが、政治家として皆さまのご期待にお応えすることはできませんでした。


今回、私は政治家として皆様の想いに応えたいのです。

 

そこでお願いがございます。

 

一緒に、愛媛、日本が良くなるために力を貸してください。

 

もう、政治家だけに任せる。という時代ではなく、政治家と共に、一緒に国づくりができる時代になったのです。私ひとりの100歩より、100人の1歩こそ、政治を、社会を、暮らしを変えていける、「今、困っている人たちを、今、助ける」チカラになります。

 

西日本豪雨災害、この愛媛県では大きな被害が発生しました。行政も率先して活動をしていましたが、行政の隙間を、様々な市民の方々がリーダーシップを取って、支援活動を展開してくれました。

 

物資を集めてくれた人、それを届ける人、ニーズを拾ってくれる人、義援金で支援する人、本当に沢山の方々が、行政の枠を超えて、活動し、愛媛県の被災地を支えてくれました。

 

私達も、被災直後から被災地支援に取り組んでまいりましたが、様々な支援活動のリーダーや、それに関わる人たちは私に教えてくれました

 

『一人の本気は、本気の仲間を集め、本気の仲間は世の中を動かす。』ということを。

 

ある人は、トラック一杯の水を手配すると、それに共感した方が物資をさらに集めてくれました。

街中では支援物資の支援ステーションが立ち上がりました。

何万人もの方が無償で被災地で活動をしてくれました。

まさに、一人一人の本気が、行動となり、世の中を支えてくれたのです。


私一人では何もできませんでした。

 

一人の想いが10人の集まりを生み、10人の行動が、100人の仲間を集め、100人の想いが、今の私の活動を支えてくれています。

 

今や日本や愛媛においても、行政だけでは解決できない様々な問題があります。

 

私はそういう課題を皆様と一緒に、解決していきたいと思っております。

 

西日本豪雨災害は、皆様の強さと、優しさと、そして人としての素晴らしさを、愛媛県中の人が再認識する機会となりました。

 

学生、サラリーマン、主婦、ご高齢の方々。

 

全ての方々が様々な活動で支える力があることを、皆さんは知ったのです。

 

この皆様の力と想いがあれば、様々な課題を解決することができると思います。

 

例となりますが、愛媛県の過疎地の高齢化は、とんでもないスピードで進んでいます。

地域を支える若い方々が少なくなり、地域活動に支障をきたしています。

その地域の課題をITによって愛媛県で共有することにより、支えることができる有志とマッチングすることもできます。

 

困っている人と、支えることができる人が結びあうことによって、私たちは新しいミライの形を作ることが、皆様の力があればできるのです。

 

被災後、農業ボランティアで今まで出会ったことのない方々との縁ができました。

その後、農業ボランティアの方々は、農業アルバイトとして、被災地の農家を支えてくれている方々がいます。

 

皆様は、とんでもない力と、可能性と優しさを持っていることを私は知っています。

 

ただ、今までは、それがつながっていなかっただけだったのです。

 

だからこそ、お願いします。愛媛県が日本で一番、色々な人が無理をすることなく支えあって、地域の課題に取り組めるところであることを証明させてください。

 

そのためには、政治家に任せる。ではなく、西日本豪雨災害が教えてくれたように、一緒に、困っている国と県を、一緒に支えさせてください。

 

今回、幅広いさまざまな皆さまとつながることができます。私たちは、愛媛、そして日本に優しさの連鎖を創ることができるのです。

 

愛媛県にある最大の資源、困難な時に一丸となって人を、善意で支えることができる。

 

この力と一緒に、歩ませてください。

 

一緒に愛媛県づくりを、「今、困っている人を今、助けていく」ことを皆様と一緒にさせてください。

よろしくお願いいたします。

 

ながえ孝子

青空えひめの会
ながえ孝子の政治活動を支えるために、愛媛県の市民有志によって設立。
愛媛県内に活動拠点を展開し、ながえ孝子の政治活動を支える政治団体です。


ながえ孝子(ながえたかこ)


1960年松山市に毛糸店の三女として生まれる。
松山東高等学校、神戸大学法学部卒業。
南海放送で、初のママさんアナウンサーとして「もぎたてテレビ」を18年間務め、愛媛県内くまなく歩き、現場や暮らしの声を取材してきた。 

2009年、衆議院選挙に比例当選。国会では、教育・地方自治分野で活躍。震災をうけて学校の耐震化工事の推進などの実績を残すも、その後落選。 
その後、経験を活かして話し方・マネージメントの講師など務めていたが、市民団体の声に押されて一党独裁打破の県民統一候補として闘うも惜敗。しかし、へこたれず、背負った318561票を大切にし、政治活動を県内一円で実施中。

2018年7月に発生した西日本豪雨災害の復旧のためのボランティア活動に支援者と取り組む。

氏名 ながえ孝子(ながえたかこ)出身愛媛県松山市血液型A型家族夫・娘・息子と2匹の猫趣味映画を見ること、旅行好きな物コーヒー、野菜サラダ好きな言葉平和は笑顔からはじまります。(マザー・テレサ)座右の銘「どうしてベストを尽くさない?」

事務所・政治団体情報

ながえ孝子事務所
政治団体『青空えひめの会』

住所 〒790-0951
愛媛県松山市天山1-10-25
TEL 089-909-4668
FAX

089-913-0263

公式サイト

http://nagaetakako.com/

FAX

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